國破れてサングリア

猫とお茶と哲学書で出来てる

近況報告、状況整理

Hi.

3月上旬現在の近況報告及び状況整理の時間です。

 

①院試について

 一次試験は受かったものの、二次試験で落ちました。

 一番の原因は「勉強不足」で、このことは自分が一番実感していますね。

 なので、2019年はバイトしつつ受験勉強します。

 

②猫について

 ここ最近Twitterで大騒ぎしていたことなのですが、

 「室内飼いしたい」と思って徐々に慣らしていた猫が交通事故にあいました。

 自力で帰ってきたので保護し、

 急ぎの手術も済ませたので現在は自宅で世話をしています。

 猫の事故箇所は以下の通りです。

 ・右目が潰れた(角膜が破れている)

  →失明していた。

   1日3回抗生物質の目薬をさしている。

   1ヶ月後に潰れた眼球を収縮させる注射を打つか眼球摘出手術を受けさせる。

   残った左目も瞼が完全には閉じなくなった。

 ・顎がカクカク言っている

  →骨折ではなく、本来は正中線で合わさっている下あごの骨が外れた状態に。

   ワイヤーで下顎の骨を結び、

   その際のかみ合わせの問題により上の八重歯を2本抜歯。

   関節が傷んでいて元のかみ合わせには戻らず、餌は丸呑み。

   1ヶ月後に抜糸。

 ・横隔膜ヘルニア

  →事故の衝撃で横隔膜が破れて脂肪の一部が肺の方へ出ている状態。

   ただし現在は呼吸に影響が出ていないため、日常生活に異常なし。

   手術は猫にとって負担が大きく麻酔から覚めない事例もあるということ、

   そして施術費用が入院費等込みで20-30万ということで、

   手術するか否か現在考え中。

野良猫を病院へ連れて行ったことで、

両親から「お前は野良猫も切り捨てられないのか (要約) 」とかなり怒られました。

これは実はかなり理不尽な話で、近所に貼られた「猫に餌あげないで」ポスターを無視して、飼う気もない野良猫に餌を与え続けていたのはなんと私の両親なのですよ。

両親のポリシーは「かわいがるけど結局は野良猫だから、もしも事故にあったらそれ以降は一切関わらない」だそうです。

元々私と両親の仲は悪かったのですが、今回の件で「親として」のみならず「人間として」も軽蔑するようになりました。

猫に罪は一切無いので、今後は私が自室で飼います。

ちなみに、猫が退院して数日後から両親は「猫に会いたい」と言いだし始め、

「どの口が言うんだ」と何度言いかけたことか分かりませんが、

無碍にすると私が実家から追い出されるので会わせました。

猫には「両親にあまり甘えるなよ」と日々言って聞かせています。

 

③バイトについて

通信費や税金の支払いのために週4のバイトを書店で始めました。

同シフト勤務の人達の性格がみんな朗らかなので、

比較的穏やかに勤務できてかなり助かっています。

私は新卒で就職したのが神保町の古書店だったので、古書店と新本屋の違いを日々実感できて刺激的です。

あと社割で本が安く買えるのも嬉しい。

 

 

こんな感じかな。

近々読書感想文とか書きたい。

 

午前3時と猫

 

猫はかわいい。

猫は良いぞ。

しかし、実家で猫と同室で寝起きするようになってから、なかなか苦しめられたことがある。

 

猫は "かなり" 早起きだ。

 

調べてみて分かったことだが、猫は正確に言うなれば夜行性ではないらしく、正しくは薄明性 (クリパスキュラー) 。

つまりは夕暮れや早朝の薄暗い時間帯に最も活発に活動する動物らしい。

 

夜、寝る前には「にゃーん」なんて可愛く鳴いて甘えてくる我が家の愛猫だが、朝一番の鳴き声は「うおーん」や甲高い「にゃーーーーーーーーーー」だ。

この鳴き声は発情期によるものでもなんでもなくて、ただ同室で眠る私に対する「起きろ」だけを意味している。

そして強調しておきたい事なのだが、愛猫にとっての "朝一番" は、日によっては午前5時だったり4時だったり、或いは3時だったりする。

動物好きの私もこれには悩まされた。

24時まで勉強して「明日は早起きしてあれやってこれやって・・・」と計画立てても午前3時に「にゃーーーーーー」と鳴かれるだけで目覚めてしまい、その後二度寝してもなんだか疲れが取れなかったりして、結局計画した全てがパァとなる。

私は受験勉強に勤しむ受験生であるので、計画の破綻は回り回って人生を破綻へと導きかねない要因となる恐れがあった。

また、愛猫のこの「にゃーーーーー」には「餌くれ」「トイレ」「外行きたい」「寒い」等の意味が特にあるわけではないらしく、どうやら「アタイは眼が醒めちゃったので、なんとなくアンタも起きといてよ」という類いのものらしかった。

 

つまりこの猫の早起き問題は、猫が悪いわけでは決してない。

そして勿論、私が悪いわけでもなかった。

お互いの生活リズムのズレが依然として問題ではあるのだが、それもお互いの種族が異なる以上、修正しようのない事柄なのである。

しかし私はせめて24時から6時までの間は一度も起こされることなく眠っていたかったし、眠る必要があった。

だって、人間にとって夜は眠い。

 

そこで、耳栓を我が睡眠活動に導入した。

 

耳栓を導入した直後から、私の睡眠の質はみるみるうちに改善された。

猫の鳴き声が全く聞こえないという訳ではないが、夜中に「あぁ鳴いてるな」と気付いても横を向いて布団を被ってしまえばすぐ眠れてしまう程度には緩和されたのだ。

愛猫にとっては起こしたい相手が一向に起きようとしないので不満だろうが、これだけはどうかご容赦いただきたい。

今では一定時間鳴いた後諦めてくれるようになり、なんと2度寝してくれるようになった。

また、耳栓は猫の鳴き声を緩和してくれるだけでなく、道を歩く酔っ払いの笑い声、ハイヒールがコンクリートに打ち当たる音、新聞配達のバイクの音までをも緩和してくれる。

これから就寝時の騒音に悩まされる時には、まず耳栓を試してみるということを決して忘れずに生きていこうと思う。

 

受験から帰った話

 万が一降雪しても大丈夫なように、受験日の前日に京都に入った。

幸いにも雪は降らなかった。昨日は朝から昼過ぎまで受験し、午後は朦朧とした意識のまま少し京都を放浪した。スーツの上にコートを着ていたが、それでも少し寒かった。暖冬とはいえ、これから春までにどんどん寒くなるのだろう。

f:id:zundoko-chan:20190209170545j:plain

東本願寺

 受験日のその晩、新幹線で帰宅した私は、荷物を置くなりそのまま今日のお昼過ぎまで眠り続けた。腹時計が目覚ましとなったのだが、少しの頭痛と歩きすぎによる右足首の痛みが気になってしまい、ちゃんとした昼食を用意する気にはならなかった。

結局、獅子唐を豚肉で巻いて焼いたのを簡易的な昼食とした。食後は阿闍梨餅を咥えて自室に戻り、唯一私の帰宅を喜んでくれる家族、黒猫に餌をやった。煮干し入りのキャットフードなので食いつきがとてもいい。黒猫はそれを食べられるだけ食べると、私の足の上に座って眠った。スピスピと鼻を鳴らしながら、時折開かれる眼から覗く眼球は半分瞬膜に覆われており、かわいらしくもグロテスクで魅力的だった。

 

 

『1984年』を「とりあえずめくり終えた」ことへのポエム

 

ジョージ・オーウェル1984年』をめくり終えることができた。

この本を古本屋で購入し、読み始めたのは確か大学4年生の頃だったから、めくり終えるまでに少なくとも3年は経っていることになる。

以下、内容についての感想ではなく「この本をとりあえずめくり終えた」ということへの感想を綴る。

 

最初のページを開いた場所のことを今でも良く覚えている。

渋谷のスペイン坂にあるカフェ「人間関係」だ。

大学生だった当時の私にとってそのカフェは特別だった。

マシーンによって淹れられたコーヒーが安く飲めて、スコーン(恐らくホットケーキミックスで作られている)をイートインすれば植物性クリームとブルーベリージャムを付けて貰うことが出来たし、薄暗い店内では長居してゆっくりと煙草を咥えながら、BGMのブルースやジャズを大きめの音量で楽しむことができた。当時そこそこの貧乏学生だった私にとって、そのカフェは自宅からも大学からも離れることの出来る、貴重な第三の場所だったのだった。

そんな素敵なカフェで、私が何故オーウェルが遺したこの大作を読み終えることが出来なかったのかというと、それは「就職活動」と「卒論執筆」が忙しくなってしまったからであった。

この2つの事柄は、大学4年生の頃の私を実に苦しめた。

私はできることなら大学卒業後も学業に専念したいと考えていたのだが、私の経済状況では進学も留年も決して許さなかったからだった。

就職活動をしなければ就職ができない、けれど心の底から就職したくない。

卒論を書き上げなければ卒業できない、けれど心の底から卒業したくない。

辛い現実から逃避をするために寝てばかりいたのだが、なんとか、卒論は提出する2ヶ月前に提出し、就職は卒業する1ヶ月前に内定を貰った。

3月、大学を卒業した。

卒業後の社会人生活では古書店員となったり事務員となったりして、嬉しい事は勿論、辛い事もたくさん、公私共に経験した。

自分で生活費を稼いで自身を養うという事にはある種のやり甲斐があったが、だがその行き着く先にあってほしかったのは常に「勉強」だった。

日に日に薄れ行く語学と専門知識への愛しさを忘れることができず、結局私は社会人生活を約3年送ってから退職し、東京を離れて実家へ帰った。

そして今年、受験を終えた。

結果はまだ出ないが、恐らく「ダメ」だった。

ぼんやりとした頭のまま辿り着いた本棚で、適当に手に取ったのが読みかけのオーウェルだった。 

 

栞代わりの一筆箋が挟まれていたのは196頁だった。

話の内容がいまいち思い出せなかったが、ざっくりとした把握は残っていたのでそのままバラバラとめくり進めた。

読んで、めくって、「二重思考」の解説に夢中になり、読んで、読んで、めくり終えた。

附録を読み、訳者の解説を読み「ははぁ」と笑った。

 

「読んでいないのに、見栄によるのか礼儀によるのか、読んだふりをしてしまうという経験は万国共通らしく、英国でもかなりの人が身に覚えがある、と拷問にかけられなくとも告白しているらしい。しかも英国での「読んだふり本」第一位がオーウェルの『1984年』だというのである。

ジョージ・オーウェル高橋和久訳 『1984年【新訳版】』早川書房、2013年、18刷 より 

 

そうだなぁ、私も今「読んだふり」をしてしまった、と思った。

まるでレポートを書くために部分的な資料を集めるように、無意識のうちにちょこちょこと摘まみ読みしていたのだった。

こういう事を私は自分のルールでは「めくり終えた」と言うことにしている。

 この状態で「読み終えました」なんて言った日には、『1984年』好きのあの先輩やその他SFファンからきっと「えっ」と言われるに違いないだろう。

 

ただ「めくり終えてしまった」オーウェルだが、それでもひとまずめくり終えた事は私にとっては意味のあることとなった。

何故なら、大学生の頃から止まってしまっていた自分が、ようやく自分として帰ってきたような気がする。

なんてポエムな発言だ、とは思うがこれ以外に今は上手く言い表せない。

ただ過ぎてきた季節がようやく現実のものとして感じられるようになった気がする。

得た物も失った物も、ようやく自分に起こった事として気付くことができるようになった気がする。

すべては「気がする」だけれど、ひとまずは「気がする」だと心からそう思っている。

 どうやら、ディストピア小説はいつも私の人生へ何らかの気づきをもたらしてくれるようだ。

今回は「めくり終えた」だったので、その結果随分チープな気づきとなってしまってオーウェルには申し訳ないが・・・。